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著作権切れの小説、太宰治の人間失格の内容3

 けれども、その頃、自分に酒を止めよ、とすすめる処女がいました。
「いけないわ、毎日、お昼から、酔っていらっしゃる」
 バアの向いの、小さい煙草屋の十七、八の娘でした。ヨシちゃんと言い、色の白い、八重歯のある子でした。自分が、煙草を買いに行くたびに、笑って忠告するのでした。
「なぜ、いけないんだ。どうして悪いんだ。あるだけの酒をのんで、人の子よ、憎悪を消せ消せ消せ、ってね、むかしペルシャのね、まあよそう、悲しみ疲れたるハートに希望を持ち来すは、ただ微醺《びくん》をもたらす玉杯なれ、ってね。わかるかい」
「わからない」
「この野郎。キスしてやるぞ」
「してよ」
 ちっとも悪びれず下唇を突き出すのです。
「馬鹿野郎。貞操観念、……」
 しかし、ヨシちゃんの表情には、あきらかに誰にも汚されていない処女のにおいがしていました。
 としが明けて厳寒の夜、自分は酔って煙草を買いに出て、その煙草屋の前のマンホールに落ちて、ヨシちゃん、たすけてくれえ、と叫び、ヨシちゃんに引き上げられ、右腕の傷の手当を、ヨシちゃんにしてもらい、その時ヨシちゃんは、しみじみ、
「飲みすぎますわよ」
 と笑わずに言いました。
 自分は死ぬのは平気なんだけど、怪我をして出血してそうして不具者などになるのは、まっぴらごめんのほうですので、ヨシちゃんに腕の傷の手当をしてもらいながら、酒も、もういい加減によそうかしら、と思ったのです。
「やめる。あしたから、一滴も飲まない」
「ほんとう?」
「きっと、やめる。やめたら、ヨシちゃん、僕のお嫁になってくれるかい?」
 しかし、お嫁の件は冗談でした。
「モチよ」
 モチとは、「勿論」の略語でした。モボだの、モガだの、その頃いろんな略語がはやっていました。
「ようし。ゲンマンしよう。きっとやめる」
 そうして翌《あく》る日、自分は、やはり昼から飲みました。
 夕方、ふらふら外へ出て、ヨシちゃんの店の前に立ち、
「ヨシちゃん、ごめんね。飲んじゃった」
「あら、いやだ。酔った振りなんかして」
 ハッとしました。酔いもさめた気持でした。
「いや、本当なんだ。本当に飲んだのだよ。酔った振りなんかしてるんじゃない」
「からかわないでよ。ひとがわるい」
 てんで疑おうとしないのです。
「見ればわかりそうなものだ。きょうも、お昼から飲んだのだ。ゆるしてね」
「お芝居が、うまいのねえ」
「芝居じゃあないよ、馬鹿野郎。キスしてやるぞ」
「してよ」
「いや、僕には資格が無い。お嫁にもらうのもあきらめなくちゃならん。顔を見なさい、赤いだろう? 飲んだのだよ」
「それあ、夕陽が当っているからよ。かつごうたって、だめよ。きのう約束したんですもの。飲む筈が無いじゃないの。ゲンマンしたんですもの。飲んだなんて、ウソ、ウソ、ウソ」
 薄暗い店の中に坐って微笑しているヨシちゃんの白い顔、ああ、よごれを知らぬヴァジニティは尊いものだ、自分は今まで、自分よりも若い処女と寝た事がない、結婚しよう、どんな大きな悲哀《かなしみ》がそのために後からやって来てもよい、荒っぽいほどの大きな歓楽《よろこび》を、生涯にいちどでいい、処女性の美しさとは、それは馬鹿な詩人の甘い感傷の幻に過ぎぬと思っていたけれども、やはりこの世の中に生きて在るものだ、結婚して春になったら二人で自転車で青葉の滝を見に行こう、と、その場で決意し、所謂「一本勝負」で、その花を盗むのにためらう事をしませんでした。
 そうして自分たちは、やがて結婚して、それに依って得た歓楽《よろこび》は、必ずしも大きくはありませんでしたが、その後に来た悲哀《かなしみ》は、凄惨《せいさん》と言っても足りないくらい、実に想像を絶して、大きくやって来ました。自分にとって、「世の中」は、やはり底知れず、おそろしいところでした。決して、そんな一本勝負などで、何から何まできまってしまうような、なまやさしいところでも無かったのでした。


 堀木と自分。
 互いに軽蔑《けいべつ》しながら附き合い、そうして互いに自《みずか》らをくだらなくして行く、それがこの世の所謂「交友」というものの姿だとするなら、自分と堀木との間柄も、まさしく「交友」に違いありませんでした。
 自分があの京橋のスタンド・バアのマダムの義侠心《ぎきょうしん》にすがり、(女のひとの義侠心なんて、言葉の奇妙な遣い方ですが、しかし、自分の経験に依ると、少くとも都会の[#「都会の」に傍点]男女の場合、男よりも女のほうが、その、義侠心とでもいうべきものをたっぷりと持っていました。男はたいてい、おっかなびっくりで、おていさいばかり飾り、そうして、ケチでした)あの煙草屋のヨシ子を内縁の妻にする事が出来て、そうして築地《つきじ》、隅田川の近く、木造の二階建ての小さいアパートの階下の一室を借り、ふたりで住み、酒は止めて、そろそろ自分の定った職業になりかけて来た漫画の仕事に精を出し、夕食後は二人で映画を見に出かけ、帰りには、喫茶店などにはいり、また、花の鉢を買ったりして、いや、それよりも自分をしんから信頼してくれているこの小さい花嫁の言葉を聞き、動作を見ているのが楽しく、これは自分もひょっとしたら、いまにだんだん人間らしいものになる事が出来て、悲惨な死に方などせずにすむのではなかろうかという甘い思いを幽かに胸にあたためはじめていた矢先に、堀木がまた自分の眼前に現われました。
「よう! 色魔。おや? これでも、いくらか分別くさい顔になりやがった。きょうは、高円寺女史からのお使者なんだがね」
 と言いかけて、急に声をひそめ、お勝手でお茶の仕度をしているヨシ子のほうを顎《あご》でしゃくって、大丈夫かい? とたずねますので、
「かまわない。何を言ってもいい」
 と自分は落ちついて答えました。
 じっさい、ヨシ子は、信頼の天才と言いたいくらい、京橋のバアのマダムとの間はもとより、自分が鎌倉で起した事件を知らせてやっても、ツネ子との間を疑わず、それは自分が嘘がうまいからというわけでは無く、時には、あからさまな言い方をする事さえあったのに、ヨシ子には、それがみな冗談としか聞きとれぬ様子でした。
「相変らず、しょっていやがる。なに、たいした事じゃないがね、たまには、高円寺のほうへも遊びに来てくれっていう御伝言さ」
 忘れかけると、怪鳥が羽ばたいてやって来て、記憶の傷口をその嘴《くちばし》で突き破ります。たちまち過去の恥と罪の記憶が、ありありと眼前に展開せられ、わあっと叫びたいほどの恐怖で、坐っておられなくなるのです。
「飲もうか」
 と自分。
「よし」
 と堀木。
 自分と堀木。形は、ふたり似ていました。そっくりの人間のような気がする事もありました。もちろんそれは、安い酒をあちこち飲み歩いている時だけの事でしたが、とにかく、ふたり顔を合せると、みるみる同じ形の同じ毛並の犬に変り降雪のちまたを駈けめぐるという具合いになるのでした。
 その日以来、自分たちは再び旧交をあたためたという形になり、京橋のあの小さいバアにも一緒に行き、そうして、とうとう、高円寺のシヅ子のアパートにもその泥酔の二匹の犬が訪問し、宿泊して帰るなどという事にさえなってしまったのです。
 忘れも、しません。むし暑い夏の夜でした。堀木は日暮頃、よれよれの浴衣を着て築地の自分のアパートにやって来て、きょう或る必要があって夏服を質入したが、その質入が老母に知れるとまことに具合いが悪い、すぐ受け出したいから、とにかく金を貸してくれ、という事でした。あいにく自分のところにも、お金が無かったので、例に依って、ヨシ子に言いつけ、ヨシ子の衣類を質屋に持って行かせてお金を作り、堀木に貸しても、まだ少し余るのでその残金でヨシ子に焼酎《しょうちゅう》を買わせ、アパートの屋上に行き、隅田川から時たま幽かに吹いて来るどぶ臭い風を受けて、まことに薄汚い納涼の宴を張りました。
 自分たちはその時、喜劇名詞、悲劇名詞の当てっこをはじめました。これは、自分の発明した遊戯で、名詞には、すべて男性名詞、女性名詞、中性名詞などの別があるけれども、それと同時に、喜劇名詞、悲劇名詞の区別があって然るべきだ、たとえば、汽船と汽車はいずれも悲劇名詞で、市電とバスは、いずれも喜劇名詞、なぜそうなのか、それのわからぬ者は芸術を談ずるに足らん、喜劇に一個でも悲劇名詞をさしはさんでいる劇作家は、既にそれだけで落第、悲劇の場合もまた然り、といったようなわけなのでした。
「いいかい? 煙草は?」
 と自分が問います。
「トラ。(悲劇《トラジディ》の略)」
 と堀木が言下に答えます。
「薬は?」
「粉薬かい? 丸薬かい?」
「注射」
「トラ」
「そうかな? ホルモン注射もあるしねえ」
「いや、断然トラだ。針が第一、お前、立派なトラじゃないか」
「よし、負けて置こう。しかし、君、薬や医者はね、あれで案外、コメ(喜劇《コメディ》の略)なんだぜ。死は?」
「コメ。牧師も和尚《おしょう》も然りじゃね」
「大出来。そうして、生はトラだなあ」
「ちがう。それも、コメ」
「いや、それでは、何でもかでも皆コメになってしまう。ではね、もう一つおたずねするが、漫画家は? よもや、コメとは言えませんでしょう?」
「トラ、トラ。大悲劇名詞!」
「なんだ、大トラは君のほうだぜ」
 こんな、下手な駄洒落《だじゃれ》みたいな事になってしまっては、つまらないのですけど、しかし自分たちはその遊戯を、世界のサロンにも嘗《か》つて存しなかった頗《すこぶ》る気のきいたものだと得意がっていたのでした。
 またもう一つ、これに似た遊戯を当時、自分は発明していました。それは、対義語《アントニム》の当てっこでした。黒のアント(対義語《アントニム》の略)は、白。けれども、白のアントは、赤。赤のアントは、黒。
「花のアントは?」
 と自分が問うと、堀木は口を曲げて考え、
「ええっと、花月という料理屋があったから、月だ」
「いや、それはアントになっていない。むしろ、同義語《シノニム》だ。星と菫《すみれ》だって、シノニムじゃないか。アントでない」
「わかった、それはね、蜂《はち》だ」
「ハチ?」
「牡丹《ぼたん》に、……蟻《あり》か?」
「なあんだ、それは画題《モチイフ》だ。ごまかしちゃいけない」
「わかった! 花にむら雲、……」
「月にむら雲だろう」
「そう、そう。花に風。風だ。花のアントは、風」
「まずいなあ、それは浪花節《なにわぶし》の文句じゃないか。おさとが知れるぜ」
「いや、琵琶《びわ》だ」
「なおいけない。花のアントはね、……およそこの世で最も花らしくないもの、それをこそ挙げるべきだ」
「だから、その、……待てよ、なあんだ、女か」
「ついでに、女のシノニムは?」
「臓物」
「君は、どうも、詩《ポエジイ》を知らんね。それじゃあ、臓物のアントは?」
「牛乳」
「これは、ちょっとうまいな。その調子でもう一つ。恥。オントのアント」
「恥知らずさ。流行漫画家上司幾太」
「堀木正雄は?」
 この辺から二人だんだん笑えなくなって、焼酎の酔い特有の、あのガラスの破片が頭に充満しているような、陰鬱な気分になって来たのでした。
「生意気言うな。おれはまだお前のように、繩目の恥辱など受けた事が無えんだ」
 ぎょっとしました。堀木は内心、自分を、真人間あつかいにしていなかったのだ、自分をただ、死にぞこないの、恥知らずの、阿呆のばけものの、謂《い》わば「生ける屍《しかばね》」としか解してくれず、そうして、彼の快楽のために、自分を利用できるところだけは利用する、それっきりの「交友」だったのだ、と思ったら、さすがにいい気持はしませんでしたが、しかしまた、堀木が自分をそのように見ているのも、もっともな話で、自分は昔から、人間の資格の無いみたいな子供だったのだ、やっぱり堀木にさえ軽蔑せられて至当なのかも知れない、と考え直し、
「罪。罪のアントニムは、何だろう。これは、むずかしいぞ」
 と何気無さそうな表情を装って、言うのでした。
「法律さ」
 堀木が平然とそう答えましたので、自分は堀木の顔を見直しました。近くのビルの明滅するネオンサインの赤い光を受けて、堀木の顔は、鬼刑事の如く威厳ありげに見えました。自分は、つくづく呆《あき》れかえり、
「罪ってのは、君、そんなものじゃないだろう」
 罪の対義語が、法律とは! しかし、世間の人たちは、みんなそれくらいに簡単に考えて、澄まして暮しているのかも知れません。刑事のいないところにこそ罪がうごめいている、と。
「それじゃあ、なんだい、神か? お前には、どこかヤソ坊主くさいところがあるからな。いや味だぜ」
「まあそんなに、軽く片づけるなよ。も少し、二人で考えて見よう。これはでも、面白いテーマじゃないか。このテーマに対する答一つで、そのひとの全部がわかるような気がするのだ」
「まさか。……罪のアントは、善さ。善良なる市民。つまり、おれみたいなものさ」
「冗談は、よそうよ。しかし、善は悪のアントだ。罪のアントではない」
「悪と罪とは違うのかい?」
「違う、と思う。善悪の概念は人間が作ったものだ。人間が勝手に作った道徳の言葉だ」
「うるせえなあ。それじゃ、やっぱり、神だろう。神、神。なんでも、神にして置けば間違いない。腹がへったなあ」
「いま、したでヨシ子がそら豆を煮ている」
「ありがてえ。好物だ」
 両手を頭のうしろに組んで、仰向《あおむけ》にごろりと寝ました。
「君には、罪というものが、まるで興味ないらしいね」
「そりゃそうさ、お前のように、罪人では無いんだから。おれは道楽はしても、女を死なせたり、女から金を巻き上げたりなんかはしねえよ」
 死なせたのではない、巻き上げたのではない、と心の何処《どこ》かで幽かな、けれども必死の抗議の声が起っても、しかし、また、いや自分が悪いのだとすぐに思いかえしてしまうこの習癖。
 自分には、どうしても、正面切っての議論が出来ません。焼酎の陰鬱な酔いのために刻一刻、気持が険しくなって来るのを懸命に抑えて、ほとんど独りごとのようにして言いました。
「しかし、牢屋《ろうや》にいれられる事だけが罪じゃないんだ。罪のアントがわかれば、罪の実体もつかめるような気がするんだけど、……神、……救い、……愛、……光、……しかし、神にはサタンというアントがあるし、救いのアントは苦悩だろうし、愛には憎しみ、光には闇というアントがあり、善には悪、罪と祈り、罪と悔い、罪と告白、罪と、……嗚呼《ああ》、みんなシノニムだ、罪の対語は何だ」
「ツミの対語は、ミツさ。蜜《みつ》の如く甘しだ。腹がへったなあ。何か食うものを持って来いよ」
「君が持って来たらいいじゃないか!」
 ほとんど生れてはじめてと言っていいくらいの、烈しい怒りの声が出ました。
「ようし、それじゃ、したへ行って、ヨシちゃんと二人で罪を犯して来よう。議論より実地検分。罪のアントは、蜜豆、いや、そら豆か」
 ほとんど、ろれつの廻らぬくらいに酔っているのでした。
「勝手にしろ。どこかへ行っちまえ!」
「罪と空腹、空腹とそら豆、いや、これはシノニムか」
 出鱈目《でたらめ》を言いながら起き上ります。
 罪と罰。ドストイエフスキイ。ちらとそれが、頭脳の片隅をかすめて通り、はっと思いました。もしも、あのドスト氏が、罪と罰をシノニムと考えず、アントニムとして置き並べたものとしたら? 罪と罰、絶対に相通ぜざるもの、氷炭|相容《あいい》れざるもの。罪と罰をアントとして考えたドストの青みどろ、腐った池、乱麻の奥底の、……ああ、わかりかけた、いや、まだ、……などと頭脳に走馬燈がくるくる廻っていた時に、
「おい! とんだ、そら豆だ。来い!」
 堀木の声も顔色も変っています。堀木は、たったいまふらふら起きてしたへ行った、かと思うとまた引返して来たのです。
「なんだ」
 異様に殺気立ち、ふたり、屋上から二階へ降り、二階から、さらに階下の自分の部屋へ降りる階段の中途で堀木は立ち止り、
「見ろ!」
 と小声で言って指差します。
 自分の部屋の上の小窓があいていて、そこから部屋の中が見えます。電気がついたままで、二匹の動物がいました。
 自分は、ぐらぐら目まいしながら、これもまた人間の姿だ、これもまた人間の姿だ、おどろく事は無い、など劇《はげ》しい呼吸と共に胸の中で呟《つぶや》き、ヨシ子を助ける事も忘れ、階段に立ちつくしていました。
 堀木は、大きい咳《せき》ばらいをしました。自分は、ひとり逃げるようにまた屋上に駈け上り、寝ころび、雨を含んだ夏の夜空を仰ぎ、そのとき自分を襲った感情は、怒りでも無く、嫌悪でも無く、また、悲しみでも無く、もの凄《すさ》まじい恐怖でした。それも、墓地の幽霊などに対する恐怖ではなく、神社の杉木立で白衣の御神体に逢った時に感ずるかも知れないような、四の五の言わさぬ古代の荒々しい恐怖感でした。自分の若白髪は、その夜からはじまり、いよいよ、すべてに自信を失い、いよいよ、ひとを底知れず疑い、この世の営みに対する一さいの期待、よろこび、共鳴などから永遠にはなれるようになりました。実に、それは自分の生涯に於いて、決定的な事件でした。自分は、まっこうから眉間《みけん》を割られ、そうしてそれ以来その傷は、どんな人間にでも接近する毎に痛むのでした。
「同情はするが、しかし、お前もこれで、少しは思い知ったろう。もう、おれは、二度とここへは来ないよ。まるで、地獄だ。……でも、ヨシちゃんは、ゆるしてやれ。お前だって、どうせ、ろくな奴じゃないんだから。失敬するぜ」
 気まずい場所に、永くとどまっているほど間《ま》の抜けた堀木ではありませんでした。
 自分は起き上って、ひとりで焼酎を飲み、それから、おいおい声を放って泣きました。いくらでも、いくらでも泣けるのでした。
 いつのまにか、背後に、ヨシ子が、そら豆を山盛りにしたお皿を持ってぼんやり立っていました。
「なんにも、しないからって言って、……」
「いい。何も言うな。お前は、ひとを疑う事を知らなかったんだ。お坐り。豆を食べよう」
 並んで坐って豆を食べました。嗚呼、信頼は罪なりや? 相手の男は、自分に漫画をかかせては、わずかなお金をもったい振って置いて行く三十歳前後の無学な小男の商人なのでした。
 さすがにその商人は、その後やっては来ませんでしたが、自分には、どうしてだか、その商人に対する憎悪よりも、さいしょに見つけたすぐその時に大きい咳ばらいも何もせず、そのまま自分に知らせにまた屋上に引返して来た堀木に対する憎しみと怒りが、眠られぬ夜などにむらむら起って呻《うめ》きました。
 ゆるすも、ゆるさぬもありません。ヨシ子は信頼の天才なのです。ひとを疑う事を知らなかったのです。しかし、それゆえの悲惨。
 神に問う。信頼は罪なりや。
 ヨシ子が汚されたという事よりも、ヨシ子の信頼が汚されたという事が、自分にとってそののち永く、生きておられないほどの苦悩の種になりました。自分のような、いやらしくおどおどして、ひとの顔いろばかり伺い、人を信じる能力が、ひび割れてしまっているものにとって、ヨシ子の無垢《むく》の信頼心は、それこそ青葉の滝のようにすがすがしく思われていたのです。それが一夜で、黄色い汚水に変ってしまいました。見よ、ヨシ子は、その夜から自分の一顰《いっぴん》一笑にさえ気を遣うようになりました。
「おい」
 と呼ぶと、ぴくっとして、もう眼のやり場に困っている様子です。どんなに自分が笑わせようとして、お道化を言っても、おろおろし、びくびくし、やたらに自分に敬語を遣うようになりました。
 果して、無垢の信頼心は、罪の原泉なりや。
 自分は、人妻の犯された物語の本を、いろいろ捜して読んでみました。けれども、ヨシ子ほど悲惨な犯され方をしている女は、ひとりも無いと思いました。どだい、これは、てんで物語にも何もなりません。あの小男の商人と、ヨシ子とのあいだに、少しでも恋に似た感情でもあったなら、自分の気持もかえってたすかるかも知れませんが、ただ、夏の一夜、ヨシ子が信頼して、そうして、それっきり、しかもそのために自分の眉間は、まっこうから割られ声が嗄れて若白髪がはじまり、ヨシ子は一生おろおろしなければならなくなったのです。たいていの物語は、その妻の「行為」を夫が許すかどうか、そこに重点を置いていたようでしたが、それは自分にとっては、そんなに苦しい大問題では無いように思われました。許す、許さぬ、そのような権利を留保している夫こそ幸いなる哉《かな》、とても許す事が出来ぬと思ったなら、何もそんなに大騒ぎせずとも、さっさと妻を離縁して、新しい妻を迎えたらどうだろう、それが出来なかったら、所謂《いわゆる》「許して」我慢するさ、いずれにしても夫の気持一つで四方八方がまるく収るだろうに、という気さえするのでした。つまり、そのような事件は、たしかに夫にとって大いなるショックであっても、しかし、それは「ショック」であって、いつまでも尽きること無く打ち返し打ち寄せる波と違い、権利のある夫の怒りでもってどうにでも処理できるトラブルのように自分には思われたのでした。けれども、自分たちの場合、夫に何の権利も無く、考えると何もかも自分がわるいような気がして来て、怒るどころか、おこごと一つも言えず、また、その妻は、その所有している稀《まれ》な美質に依って犯されたのです。しかも、その美質は、夫のかねてあこがれの、無垢の信頼心というたまらなく可憐《かれん》なものなのでした。
 無垢の信頼心は、罪なりや。
 唯一のたのみの美質にさえ、疑惑を抱き、自分は、もはや何もかも、わけがわからなくなり、おもむくところは、ただアルコールだけになりました。自分の顔の表情は極度にいやしくなり、朝から焼酎を飲み、歯がぼろぼろに欠けて、漫画もほとんど猥画《わいが》に近いものを画くようになりました。いいえ、はっきり言います。自分はその頃から、春画のコピイをして密売しました。焼酎を買うお金がほしかったのです。いつも自分から視線をはずしておろおろしているヨシ子を見ると、こいつは全く警戒を知らぬ女だったから、あの商人といちどだけでは無かったのではなかろうか、また、堀木は? いや、或いは自分の知らない人とも? と疑惑は疑惑を生み、さりとて思い切ってそれを問い正す勇気も無く、れいの不安と恐怖にのたうち廻る思いで、ただ焼酎を飲んで酔っては、わずかに卑屈な誘導|訊問《じんもん》みたいなものをおっかなびっくり試み、内心おろかしく一喜一憂し、うわべは、やたらにお道化て、そうして、それから、ヨシ子にいまわしい地獄の愛撫《あいぶ》を加え、泥のように眠りこけるのでした。
 その年の暮、自分は夜おそく泥酔して帰宅し、砂糖水を飲みたく、ヨシ子は眠っているようでしたから、自分でお勝手に行き砂糖壺を捜し出し、ふたを開けてみたら砂糖は何もはいってなくて、黒く細長い紙の小箱がはいっていました。何気なく手に取り、その箱にはられてあるレッテルを見て愕然《がくぜん》としました。そのレッテルは、爪で半分以上も掻《か》きはがされていましたが、洋字の部分が残っていて、それにはっきり書かれていました。DIAL。
 ジアール。自分はその頃もっぱら焼酎で、催眠剤を用いてはいませんでしたが、しかし、不眠は自分の持病のようなものでしたから、たいていの催眠剤にはお馴染《なじ》みでした。ジアールのこの箱一つは、たしかに致死量以上の筈でした。まだ箱の封を切ってはいませんでしたが、しかし、いつかは、やる気で[#「やる気で」に傍点]こんなところに、しかもレッテルを掻きはがしたりなどして隠していたのに違いありません。可哀想に、あの子にはレッテルの洋字が読めないので、爪で半分掻きはがして、これで大丈夫と思っていたのでしょう。(お前に罪は無い)
 自分は、音を立てないようにそっとコップに水を満たし、それから、ゆっくり箱の封を切って、全部、一気に口の中にほうり、コップの水を落ちついて飲みほし、電燈を消してそのまま寝ました。
 三昼夜、自分は死んだようになっていたそうです。医者は過失と見なして、警察にとどけるのを猶予してくれたそうです。覚醒《かくせい》しかけて、一ばんさきに呟いたうわごとは、うちへ帰る、という言葉だったそうです。うちとは、どこの事を差して言ったのか、当の自分にも、よくわかりませんが、とにかく、そう言って、ひどく泣いたそうです。
 次第に霧がはれて、見ると、枕元にヒラメが、ひどく不機嫌な顔をして坐っていました。
「このまえも、年の暮の事でしてね、お互いもう、目が廻るくらいいそがしいのに、いつも、年の暮をねらって、こんな事をやられたひには、こっちの命がたまらない」
 ヒラメの話の聞き手になっているのは、京橋のバアのマダムでした。
「マダム」
 と自分は呼びました。
「うん、何? 気がついた?」
 マダムは笑い顔を自分の顔の上にかぶせるようにして言いました。
 自分は、ぽろぽろ涙を流し、
「ヨシ子とわかれさせて」
 自分でも思いがけなかった言葉が出ました。
 マダムは身を起し、幽かな溜息をもらしました。
 それから自分は、これもまた実に思いがけない滑稽とも阿呆らしいとも、形容に苦しむほどの失言をしました。
「僕は、女のいないところに行くんだ」
 うわっはっは、とまず、ヒラメが大声を挙げて笑い、マダムもクスクス笑い出し、自分も涙を流しながら赤面の態《てい》になり、苦笑しました。
「うん、そのほうがいい」
 とヒラメは、いつまでもだらし無く笑いながら、
「女のいないところに行ったほうがよい。女がいると、どうもいけない。女のいないところとは、いい思いつきです」
 女のいないところ。しかし、この自分の阿呆くさいうわごとは、のちに到って、非常に陰惨に実現せられました。
 ヨシ子は、何か、自分がヨシ子の身代りになって毒を飲んだとでも思い込んでいるらしく、以前よりも尚《なお》いっそう、自分に対して、おろおろして、自分が何を言っても笑わず、そうしてろくに口もきけないような有様なので、自分もアパートの部屋の中にいるのが、うっとうしく、つい外へ出て、相変らず安い酒をあおる事になるのでした。しかし、あのジアールの一件以来、自分のからだがめっきり痩《や》せ細って、手足がだるく、漫画の仕事も怠けがちになり、ヒラメがあの時、見舞いとして置いて行ったお金(ヒラメはそれを、渋田の志です、と言っていかにもご自身から出たお金のようにして差出しましたが、これも故郷の兄たちからのお金のようでした。自分もその頃には、ヒラメの家から逃げ出したあの時とちがって、ヒラメのそんなもったい振った芝居を、おぼろげながら見抜く事が出来るようになっていましたので、こちらもずるく、全く気づかぬ振りをして、神妙にそのお金のお礼をヒラメに向って申し上げたのでしたが、しかし、ヒラメたちが、なぜ、そんなややこしいカラクリをやらかすのか、わかるような、わからないような、どうしても自分には、へんな気がしてなりませんでした)そのお金で、思い切ってひとりで南伊豆の温泉に行ってみたりなどしましたが、とてもそんな悠長な温泉めぐりなど出来る柄《がら》ではなく、ヨシ子を思えば侘《わ》びしさ限りなく、宿の部屋から山を眺めるなどの落ちついた心境には甚だ遠く、ドテラにも着換えず、お湯にもはいらず、外へ飛び出しては薄汚い茶店みたいなところに飛び込んで、焼酎を、それこそ浴びるほど飲んで、からだ具合いを一そう悪くして帰京しただけの事でした。
 東京に大雪の降った夜でした。自分は酔って銀座裏を、ここはお国を何百里、ここはお国を何百里、と小声で繰り返し繰り返し呟くように歌いながら、なおも降りつもる雪を靴先で蹴散《けち》らして歩いて、突然、吐きました。それは自分の最初の喀血《かっけつ》でした。雪の上に、大きい日の丸の旗が出来ました。自分は、しばらくしゃがんで、それから、よごれていない個所の雪を両手で掬《すく》い取って、顔を洗いながら泣きました。
 こうこは、どうこの細道じゃ?
 こうこは、どうこの細道じゃ?
 哀れな童女の歌声が、幻聴のように、かすかに遠くから聞えます。不幸。この世には、さまざまの不幸な人が、いや、不幸な人ばかり、と言っても過言ではないでしょうが、しかし、その人たちの不幸は、所謂世間に対して堂々と抗議が出来、また「世間」もその人たちの抗議を容易に理解し同情します。しかし、自分の不幸は、すべて自分の罪悪からなので、誰にも抗議の仕様が無いし、また口ごもりながら一言でも抗議めいた事を言いかけると、ヒラメならずとも世間の人たち全部、よくもまあそんな口がきけたものだと呆《あき》れかえるに違いないし、自分はいったい俗にいう「わがままもの」なのか、またはその反対に、気が弱すぎるのか、自分でもわけがわからないけれども、とにかく罪悪のかたまりらしいので、どこまでも自《おのずか》らどんどん不幸になるばかりで、防ぎ止める具体策など無いのです。
 自分は立って、取り敢えず何か適当な薬をと思い、近くの薬屋にはいって、そこの奥さんと顔を見合せ、瞬間、奥さんは、フラッシュを浴びたみたいに首をあげ眼を見はり、棒立ちになりました。しかし、その見はった眼には、驚愕の色も嫌悪の色も無く、ほとんど救いを求めるような、慕うような色があらわれているのでした。ああ、このひとも、きっと不幸な人なのだ、不幸な人は、ひとの不幸にも敏感なものなのだから、と思った時、ふと、その奥さんが松葉杖《まつばづえ》をついて危かしく立っているのに気がつきました。駈け寄りたい思いを抑えて、なおもその奥さんと顔を見合せているうちに涙が出て来ました。すると、奥さんの大きい眼からも、涙がぽろぽろとあふれて出ました。
 それっきり、一言も口をきかずに、自分はその薬屋から出て、よろめいてアパートに帰り、ヨシ子に塩水を作らせて飲み、黙って寝て、翌る日も、風邪気味だと嘘をついて一日一ぱい寝て、夜、自分の秘密の喀血がどうにも不安でたまらず、起きて、あの薬屋に行き、こんどは笑いながら、奥さんに、実に素直に今迄のからだ具合いを告白し、相談しました。
「お酒をおよしにならなければ」
 自分たちは、肉身のようでした。
「アル中になっているかも知れないんです。いまでも飲みたい」
「いけません。私の主人も、テーベのくせに、菌を酒で殺すんだなんて言って、酒びたりになって、自分から寿命をちぢめました」
「不安でいけないんです。こわくて、とても、だめなんです」
「お薬を差し上げます。お酒だけは、およしなさい」
 奥さん(未亡人で、男の子がひとり、それは千葉だかどこだかの医大にはいって、間もなく父と同じ病いにかかり、休学入院中で、家には中風の舅《しゅうと》が寝ていて、奥さん自身は五歳の折、小児|痲痺《まひ》で片方の脚が全然だめなのでした)は、松葉杖をコトコトと突きながら、自分のためにあっちの棚、こっちの引出し、いろいろと薬品を取そろえてくれるのでした。
 これは、造血剤。
 これは、ヴィタミンの注射液。注射器は、これ。
 これは、カルシウムの錠剤。胃腸をこわさないように、ジアスターゼ。
 これは、何。これは、何、と五、六種の薬品の説明を愛情こめてしてくれたのですが、しかし、この不幸な奥さんの愛情もまた、自分にとって深すぎました。最後に奥さんが、これは、どうしても、なんとしてもお酒を飲みたくて、たまらなくなった時のお薬、と言って素早く紙に包んだ小箱。
 モルヒネの注射液でした。
 酒よりは、害にならぬと奥さんも言い、自分もそれを信じて、また一つには、酒の酔いもさすがに不潔に感ぜられて来た矢先でもあったし、久し振りにアルコールというサタンからのがれる事の出来る喜びもあり、何の躊躇《ちゅうちょ》も無く、自分は自分の腕に、そのモルヒネを注射しました。不安も、焦燥《しょうそう》も、はにかみも、綺麗《きれい》に除去せられ、自分は甚だ陽気な能弁家になるのでした。そうして、その注射をすると自分は、からだの衰弱も忘れて、漫画の仕事に精が出て、自分で画きながら噴き出してしまうほど珍妙な趣向が生れるのでした。
 一日一本のつもりが、二本になり、四本になった頃には、自分はもうそれが無ければ、仕事が出来ないようになっていました。
「いけませんよ、中毒になったら、そりゃもう、たいへんです」
 薬屋の奥さんにそう言われると、自分はもう可成りの中毒患者になってしまったような気がして来て、(自分は、ひとの暗示に実にもろくひっかかるたちなのです。このお金は使っちゃいけないよ、と言っても、お前の事だものなあ、なんて言われると、何だか使わないと悪いような、期待にそむくような、へんな錯覚が起って、必ずすぐにそのお金を使ってしまうのでした)その中毒の不安のため、かえって薬品をたくさん求めるようになったのでした。
「たのむ! もう一箱。勘定は月末にきっと払いますから」
「勘定なんて、いつでもかまいませんけど、警察のほうが、うるさいのでねえ」
 ああ、いつでも自分の周囲には、何やら、濁って暗く、うさん臭い日蔭者の気配がつきまとうのです。
「そこを何とか、ごまかして、たのむよ、奥さん。キスしてあげよう」
 奥さんは、顔を赤らめます。
 自分は、いよいよつけ込み、
「薬が無いと仕事がちっとも、はかどらないんだよ。僕には、あれは強精剤みたいなものなんだ」
「それじゃ、いっそ、ホルモン注射がいいでしょう」
「ばかにしちゃいけません。お酒か、そうでなければ、あの薬か、どっちかで無ければ仕事が出来ないんだ」
「お酒は、いけません」
「そうでしょう? 僕はね、あの薬を使うようになってから、お酒は一滴も飲まなかった。おかげで、からだの調子が、とてもいいんだ。僕だって、いつまでも、下手くそな漫画などをかいているつもりは無い、これから、酒をやめて、からだを直して、勉強して、きっと偉い絵画きになって見せる。いまが大事なところなんだ。だからさ、ね、おねがい。キスしてあげようか」
 奥さんは笑い出し、
「困るわねえ。中毒になっても知りませんよ」
 コトコトと松葉杖の音をさせて、その薬品を棚から取り出し、
「一箱は、あげられませんよ。すぐ使ってしまうのだもの。半分ね」
「ケチだなあ、まあ、仕方が無いや」
 家へ帰って、すぐに一本、注射をします。
「痛くないんですか?」
 ヨシ子は、おどおど自分にたずねます。
「それあ痛いさ。でも、仕事の能率をあげるためには、いやでもこれをやらなければいけないんだ。僕はこの頃、とても元気だろう? さあ、仕事だ。仕事、仕事」
 とはしゃぐのです。
 深夜、薬屋の戸をたたいた事もありました。寝巻姿で、コトコト松葉杖をついて出て来た奥さんに、いきなり抱きついてキスして、泣く真似をしました。
 奥さんは、黙って自分に一箱、手渡しました。
 薬品もまた、焼酎同様、いや、それ以上に、いまわしく不潔なものだと、つくづく思い知った時には、既に自分は完全な中毒患者になっていました。真に、恥知らずの極《きわみ》でした。自分はその薬品を得たいばかりに、またも春画のコピイをはじめ、そうして、あの薬屋の不具の奥さんと文字どおりの醜関係をさえ結びました。
 死にたい、いっそ、死にたい、もう取返しがつかないんだ、どんな事をしても、何をしても、駄目になるだけなんだ、恥の上塗りをするだけなんだ、自転車で青葉の滝など、自分には望むべくも無いんだ、ただけがらわしい罪にあさましい罪が重なり、苦悩が増大し強烈になるだけなんだ、死にたい、死ななければならぬ、生きているのが罪の種なのだ、などと思いつめても、やっぱり、アパートと薬屋の間を半狂乱の姿で往復しているばかりなのでした。
 いくら仕事をしても、薬の使用量もしたがってふえているので、薬代の借りがおそろしいほどの額にのぼり、奥さんは、自分の顔を見ると涙を浮べ、自分も涙を流しました。
 地獄。
 この地獄からのがれるための最後の手段、これが失敗したら、あとはもう首をくくるばかりだ、という神の存在を賭《か》けるほどの決意を以《もっ》て、自分は、故郷の父あてに長い手紙を書いて、自分の実情一さいを(女の事は、さすがに書けませんでしたが)告白する事にしました。
 しかし、結果は一そう悪く、待てど暮せど何の返事も無く、自分はその焦燥と不安のために、かえって薬の量をふやしてしまいました。
 今夜、十本、一気に注射し、そうして大川に飛び込もうと、ひそかに覚悟を極めたその日の午後、ヒラメが、悪魔の勘で嗅《か》ぎつけたみたいに、堀木を連れてあらわれました。
「お前は、喀血したんだってな」
 堀木は、自分の前にあぐらをかいてそう言い、いままで見た事も無いくらいに優しく微笑《ほほえ》みました。その優しい微笑が、ありがたくて、うれしくて、自分はつい顔をそむけて涙を流しました。そうして彼のその優しい微笑一つで、自分は完全に打ち破られ、葬り去られてしまったのです。
 自分は自動車に乗せられました。とにかく入院しなければならぬ、あとは自分たちにまかせなさい、とヒラメも、しんみりした口調で、(それは慈悲深いとでも形容したいほど、もの静かな口調でした)自分にすすめ、自分は意志も判断も何も無い者の如く、ただメソメソ泣きながら唯々諾々と二人の言いつけに従うのでした。ヨシ子もいれて四人、自分たちは、ずいぶん永いこと自動車にゆられ、あたりが薄暗くなった頃、森の中の大きい病院の、玄関に到着しました。
 サナトリアムとばかり思っていました。
 自分は若い医師のいやに物やわらかな、鄭重《ていちょう》な診察を受け、それから医師は、
「まあ、しばらくここで静養するんですね」
 と、まるで、はにかむように微笑して言い、ヒラメと堀木とヨシ子は、自分ひとりを置いて帰ることになりましたが、ヨシ子は着換の衣類をいれてある風呂敷包を自分に手渡し、それから黙って帯の間から注射器と使い残りのあの薬品を差し出しました。やはり、強精剤だとばかり思っていたのでしょうか。
「いや、もう要らない」
 実に、珍らしい事でした。すすめられて、それを拒否したのは、自分のそれまでの生涯に於いて、その時ただ一度、といっても過言でないくらいなのです。自分の不幸は、拒否の能力の無い者の不幸でした。すすめられて拒否すると、相手の心にも自分の心にも、永遠に修繕し得ない白々しいひび割れが出来るような恐怖におびやかされているのでした。けれども、自分はその時、あれほど半狂乱になって求めていたモルヒネを、実に自然に拒否しました。ヨシ子の謂わば「神の如き無智」に撃たれたのでしょうか。自分は、あの瞬間、すでに中毒でなくなっていたのではないでしょうか。
 けれども、自分はそれからすぐに、あのはにかむような微笑をする若い医師に案内せられ、或る病棟にいれられて、ガチャンと鍵《かぎ》をおろされました。脳病院でした。
 女のいないところへ行くという、あのジアールを飲んだ時の自分の愚かなうわごとが、まことに奇妙に実現せられたわけでした。その病棟には、男の狂人ばかりで、看護人も男でしたし、女はひとりもいませんでした。
 いまはもう自分は、罪人どころではなく、狂人でした。いいえ、断じて自分は狂ってなどいなかったのです。一瞬間といえども、狂った事は無いんです。けれども、ああ、狂人は、たいてい自分の事をそう言うものだそうです。つまり、この病院にいれられた者は気違い、いれられなかった者は、ノーマルという事になるようです。
 神に問う。無抵抗は罪なりや?
 堀木のあの不思議な美しい微笑に自分は泣き、判断も抵抗も忘れて自動車に乗り、そうしてここに連れて来られて、狂人という事になりました。いまに、ここから出ても、自分はやっぱり狂人、いや、癈人《はいじん》という刻印を額に打たれる事でしょう。
 人間、失格。
 もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました。
 ここへ来たのは初夏の頃で、鉄の格子の窓から病院の庭の小さい池に紅《あか》い睡蓮の花が咲いているのが見えましたが、それから三つき経ち、庭にコスモスが咲きはじめ、思いがけなく故郷の長兄が、ヒラメを連れて自分を引き取りにやって来て、父が先月末に胃潰瘍《いかいよう》でなくなったこと、自分たちはもうお前の過去は問わぬ、生活の心配もかけないつもり、何もしなくていい、その代り、いろいろ未練もあるだろうがすぐに東京から離れて、田舎で療養生活をはじめてくれ、お前が東京でしでかした事の後仕末は、だいたい渋田がやってくれた筈だから、それは気にしないでいい、とれいの生真面目な緊張したような口調で言うのでした。
 故郷の山河が眼前に見えるような気がして来て、自分は幽かにうなずきました。
 まさに癈人。
 父が死んだ事を知ってから、自分はいよいよ腑抜《ふぬ》けたようになりました。父が、もういない、自分の胸中から一刻も離れなかったあの懐しくおそろしい存在が、もういない、自分の苦悩の壺がからっぽになったような気がしました。自分の苦悩の壺がやけに重かったのも、あの父のせいだったのではなかろうかとさえ思われました。まるで、張合いが抜けました。苦悩する能力をさえ失いました。
 長兄は自分に対する約束を正確に実行してくれました。自分の生れて育った町から汽車で四、五時間、南下したところに、東北には珍らしいほど暖かい海辺の温泉地があって、その村はずれの、間数は五つもあるのですが、かなり古い家らしく壁は剥《は》げ落ち、柱は虫に食われ、ほとんど修理の仕様も無いほどの茅屋《ぼうおく》を買いとって自分に与え、六十に近いひどい赤毛の醜い女中をひとり附けてくれました。
 それから三年と少し経ち、自分はその間にそのテツという老女中に数度へんな犯され方をして、時たま夫婦|喧嘩《げんか》みたいな事をはじめ、胸の病気のほうは一進一退、痩せたりふとったり、血痰《けったん》が出たり、きのう、テツにカルモチンを買っておいで、と言って、村の薬屋にお使いにやったら、いつもの箱と違う形の箱のカルモチンを買って来て、べつに自分も気にとめず、寝る前に十錠のんでも一向に眠くならないので、おかしいなと思っているうちに、おなかの具合がへんになり急いで便所へ行ったら猛烈な下痢で、しかも、それから引続き三度も便所にかよったのでした。不審に堪えず、薬の箱をよく見ると、それはヘノモチンという下剤でした。
 自分は仰向けに寝て、おなかに湯たんぽを載せながら、テツにこごとを言ってやろうと思いました。
「これは、お前、カルモチンじゃない。ヘノモチン、という」
 と言いかけて、うふふふと笑ってしまいました。「癈人」は、どうやらこれは、喜劇名詞のようです。眠ろうとして下剤を飲み、しかも、その下剤の名前は、ヘノモチン。
 いまは自分には、幸福も不幸もありません。
 ただ、一さいは過ぎて行きます。
 自分がいままで阿鼻叫喚で生きて来た所謂「人間」の世界に於いて、たった一つ、真理[#「真理」に傍点]らしく思われたのは、それだけでした。
 ただ、一さいは過ぎて行きます。
 自分はことし、二十七になります。白髪がめっきりふえたので、たいていの人から、四十以上に見られます。


 この手記を書き綴った狂人を、私は、直接には知らない。けれども、この手記に出て来る京橋のスタンド・バアのマダムともおぼしき人物を、私はちょっと知っているのである。小柄で、顔色のよくない、眼が細く吊《つ》り上っていて、鼻の高い、美人というよりは、美青年といったほうがいいくらいの固い感じのひとであった。この手記には、どうやら、昭和五、六、七年、あの頃の東京の風景がおもに写されているように思われるが、私が、その京橋のスタンド・バアに、友人に連れられて二、三度、立ち寄り、ハイボールなど飲んだのは、れいの日本の「軍部」がそろそろ露骨にあばれはじめた昭和十年前後の事であったから、この手記を書いた男には、おめにかかる事が出来なかったわけである。
 然るに、ことしの二月、私は千葉県船橋市に疎開している或る友人をたずねた。その友人は、私の大学時代の謂わば学友で、いまは某女子大の講師をしているのであるが、実は私はこの友人に私の身内の者の縁談を依頼していたので、その用事もあり、かたがた何か新鮮な海産物でも仕入れて私の家の者たちに食わせてやろうと思い、リュックサックを背負って船橋市へ出かけて行ったのである。
 船橋市は、泥海に臨んだかなり大きいまちであった。新住民たるその友人の家は、その土地の人に所番地を告げてたずねても、なかなかわからないのである。寒い上に、リュックサックを背負った肩が痛くなり、私はレコードの提琴の音にひかれて、或る喫茶店のドアを押した。
 そこのマダムに見覚えがあり、たずねてみたら、まさに、十年前のあの京橋の小さいバアのマダムであった。マダムも、私をすぐに思い出してくれた様子で、互いに大袈裟《おおげさ》に驚き、笑い、それからこんな時のおきまりの、れいの、空襲で焼け出されたお互いの経験を問われもせぬのに、いかにも自慢らしく語り合い、
「あなたは、しかし、かわらない」
「いいえ、もうお婆さん。からだが、がたぴしです。あなたこそ、お若いわ」
「とんでもない、子供がもう三人もあるんだよ。きょうはそいつらのために買い出し」
 などと、これもまた久し振りで逢った者同志のおきまりの挨拶を交し、それから、二人に共通の知人のその後の消息をたずね合ったりして、そのうちに、ふとマダムは口調を改め、あなたは葉ちゃんを知っていたかしら、と言う。それは知らない、と答えると、マダムは、奥へ行って、三冊のノートブックと、三葉の写真を持って来て私に手渡し、
「何か、小説の材料になるかも知れませんわ」
 と言った。
 私は、ひとから押しつけられた材料でものを書けないたちなので、すぐにその場でかえそうかと思ったが、(三葉の写真、その奇怪さに就いては、はしがきにも書いて置いた)その写真に心をひかれ、とにかくノートをあずかる事にして、帰りにはまたここへ立ち寄りますが、何町何番地の何さん、女子大の先生をしているひとの家をご存じないか、と尋ねると、やはり新住民同志、知っていた。時たま、この喫茶店にもお見えになるという。すぐ近所であった。
 その夜、友人とわずかなお酒を汲《く》み交し、泊めてもらう事にして、私は朝まで一睡もせずに、れいのノートに読みふけった。
 その手記に書かれてあるのは、昔の話ではあったが、しかし、現代の人たちが読んでも、かなりの興味を持つに違いない。下手に私の筆を加えるよりは、これはこのまま、どこかの雑誌社にたのんで発表してもらったほうが、なお、有意義な事のように思われた。
 子供たちへの土産の海産物は、干物《ひもの》だけ。私は、リュックサックを背負って友人の許《もと》を辞し、れいの喫茶店に立ち寄り、
「きのうは、どうも。ところで、……」
 とすぐに切り出し、
「このノートは、しばらく貸していただけませんか」
「ええ、どうぞ」
「このひとは、まだ生きているのですか?」
「さあ、それが、さっぱりわからないんです。十年ほど前に、京橋のお店あてに、そのノートと写真の小包が送られて来て、差し出し人は葉ちゃんにきまっているのですが、その小包には、葉ちゃんの住所も、名前さえも書いていなかったんです。空襲の時、ほかのものにまぎれて、これも不思議にたすかって、私はこないだはじめて、全部読んでみて、……」
「泣きましたか?」
「いいえ、泣くというより、……だめね、人間も、ああなっては、もう駄目ね」
「それから十年、とすると、もう亡くなっているかも知れないね。これは、あなたへのお礼のつもりで送ってよこしたのでしょう。多少、誇張して書いているようなところもあるけど、しかし、あなたも、相当ひどい被害をこうむったようですね。もし、これが全部事実だったら、そうして僕がこのひとの友人だったら、やっぱり脳病院に連れて行きたくなったかも知れない」
「あのひとのお父さんが悪いのですよ」
 何気なさそうに、そう言った。
「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、……神様みたいないい子でした」



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