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同性から好かれる女性とは

女性とうまく付き合っていくための方法には2つポイントがあり、一つは「女性をバカにしたり見下したりしない」ことで、もう一つは「自分自身が女にならないこと」です。

「女の敵が女」である限り、女であると女の敵になってしまうからです。
自分に女としての要素があると、それが他の「女」を刺激し、事態が難しくなってしまうのです。

女は女を嫌いますが、女も含めた女性全般に好かれる女性は「女度」が低い人です。
さっぱりしていて、温かく、後腐れがなく、嫉妬もせず、裏表がなく、正直で、誠実で、一貫性があって、という女性はあらゆる女性に好かれますね。
こういった人は「女」を安心させる姿勢だからです。

決して自分を裏切らず、自分を一人の人格として尊重してくれることがよくわかるのです。
逆に、どれほどにこやかで礼儀正しく完璧に見える女性でも、「裏では何を思っているのか」と思わせるようなところがあると、女には嫌われてしまうのです。

女性同士の付き合いの質を上げるということは、自分の中の「女」をいやすという事で、普段は自分の中に「女」をあまり感じない人でも、恋愛をしたり、あまりにも「女度」が高い人と接したりすると、自分の中の女が刺激されてしまうこともあります。
そんなときに自分の「女」にただ乗っ取られるのではなく、しかし女を否認することもせず、ありのままに受け入れ、癒していくことを目指しましょう。

女は女に危険を感じますが、「女度」の低い女性には安心することができ、癒されるのです。
すると、周りにいる女性たちからも「女度」の高いひとがだんだん減ってきます。
これは、魅力的な女性が減るというわけではなく、一人ひとりが、自立した、力強い、本当の意味で女性らしさを生かした存在になっていけるでしょう。


自分自身が女にならないとは

女に好かれる女性であるめには「自分自身が女にならない」と書きましたが、どうすればいいかというと、その第一歩としては、「女を女の目で見ない」ということです。

女を女の目で見てしまうと、相手は自分にとって「敵」になってしまいます。
すると単なる「女同士の足の引っ張り合い」になってしまい、仮に表面的にはうまくやれるとしても、心の中はドロドロだったりします。

自分自身が女性であるが故に何かを我慢した人は、その被害者意識から、我慢していない女性を「許せない」と感じることも少なくありません。
「女の敵は女」と言われる現象の一部はここから生じています。

女性はいろいろな場面で「女らしさ」を求められます。
その一つが「細やかさ」です。
それはつまり、よく察するように、ということで、簡単に言えば、相手の顔色をよく読むように、ということなのです。
そして、顔色がおく読めると、「気が利く」「さすが女の子」と褒められることになります。

ですが、こんなことばかりをしていると、「それが誰の領域なのか」ということが分からなくなってしまいます。

人間には、本人にしかわからない事情がいろいろとあります。
持って生まれたもの、育った環境、今までに経験してきたこと、周りにいた人の価値観、最近の状況、今日の体調の機嫌など、本当のことを知っているのは本人だけです。
その、本人にしかわからない領域の中で、私たちはいろいろなことを感じたり判断したりしているのです。

女の目で相手を見ないということは、女についてよく知り、そこで起こっていることが単なる「女のパターン」なのだと理解することです。
つまり、それ以上の意味付けをしないということで、
「この人は人格的に問題があるのではないか」
「この人は自分に対して特別な悪意を持っているのではないか」などと考えるのではなく、単に「女だからこういう条件下ではこう反応しているだけ」と見ればよいです。



カテゴリー:おもしろいネタ

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